株式会社清心工業・木村清児社長ンタビュー
株式会社清心工業様
木村清児社長にインタビューいたしました!
木村社長は玉野市向日比(むかいひび)で生まれ
高校では家庭の事情で住む場所もない中、働きながら学費を自分で稼ぎ、4年制の定時制高校を卒業。高校時代に貯めた250万円でダンプカーを購入し、19歳で起業します。

しかし創業後は不景気で仕事が激減し、土木の現場で一から技術を学び直す日々。悔しさをバネに猛勉強し、国家資格を多数取得しました。その後、造船エンジンの組立の仕事に出会い、会社の柱となる事業へと成長させていきます。
下請けとして不利な立場に置かれながらも、5年間にわたり粘り強く交渉を続け、ついに一次会社として直接契約を獲得。社員14名が「社長が辞めるなら自分たちも辞める」と言うほど信頼され、“人を大切にする会社”が形づくられていきました。

【未来への挑戦:玉野の町をもう一度、賑わいのある場所へ】
木村社長は今、玉野の町に新たな息吹を取り戻すための大きなプロジェクトに取り組んでいます。
玉野で一つのストリートを創り整備し、飲食店・宿泊施設などが並ぶ“新しい賑わいの拠点”をつくる。この計画を10年スパンで進めており、地域の未来を見据えた本気の挑戦です。
背景には、今後の宇野港の開発が進み、全国・世界から観光客が訪れることが予測されていることがあります。
「玉野をもっと盛り上げたい」
その想いが、街づくりという新たなステージへとつながっています。
また、造船業界も今後活発化が見込まれており、清心工業としても大きなチャンスが広がっています。若い人材の採用にも力を入れています。
そして今年も開催される、玉野の大きなイベント「SETOUCHI CONTEMPORARY(10月24日・25日)」も控えており、地域全体が新しい動きに向かっています。

【過去の経験がつくった“人を思う会社”】
木村社長の原点には、若い頃から抱いていた「人の笑顔、楽しい顔を見るために何かしてやりたい」という強い想いがあります。
幼少期の厳しい環境、学生時代の苦労、19歳での起業、そして仲間とともに乗り越えてきた数々の壁。そのすべてが、今の清心工業の“人を大切にする社風”につながっています。
社長は、社員のために、仲間のために、地域のために動く人。実際にお話を伺って、「この人は本気で人を守り、人を助けるために生きている」と強く感じました。
清心工業の温かい雰囲気や、社員同士の思いやりは、社長自身の人生から生まれた価値観そのものです。

【最後に若者へ向けて】
社長から若者へ向けて一言頂きました。
「逃げる場所はある。でも、まずは限界までやってみてほしい。逃げ続けると、後で必ず自分に返ってくる。自分が納得いくまでやり切る経験が、人生を強くする」

